小説

【小説】コントロールのできない人たち

晴人がリューヘーくんから意地悪をされていると話してくれたのは5月の頭のことだった。リューヘーくんというのは、いつでも前髪が直線の子だ。多分、お母さんが髪を切るから。くじゃく組で初めて一緒になった子で、年中のときはかもめ組さんだった。今年同じ…

【短編小説】I'm John, whatever

この錠剤を飲めば死ねると男は言った。そういうことを言っていたと思う。あまりにも早口だったので、正確な文言は分からない。"Does it make sense?"彼が私に問うので"ya"とだけ返す。隣に座っていたおばあさんも頷いた。ように思った。 それきり誰も何も言…

私の母は私を騙した

私の母は私を騙した。 母が自然な形で子を産むことができないのは、それは、当たり前のことだった。父と母は愛し合ってなどおらず、性行すら満足に成し遂げることができず、家の中はいつでも、張り詰めた緊張感に満ち満ちていた。 私が産声を上げたとき、母…

【短編小説】恋バナがしたい

綺麗な髪の毛、と思ったのが先だったのか、好きになったのが先だったのか、よく分からない。彼女とまだ友達ですらなかった頃の私は、彼女のことを、どこにでもいるしょーもない女だ、と思っていた。 あの頃の私に戻りたい。あなたのことを、無個性な、代替可…

私の体のせいなの

産まない人生を歩むこと、あなたはいつ、どんなふうに決めたの。タイキに問われて、私は「分からない」と答える。 本当は分かっていて、それはまあ、昔の元カレ、っていうかヒロトが「反出生主義者」だったからだ。彼氏に感化された主義。そうですダサいやつ…

短編小説 | おしゃれしてお出かけしようね明日は

ごとんと首をきりおとしたニンジンには「す」が入っている。あいた穴はまるでニンジンが意思を持っていることの証明みたいで、きもちがわるい。みないように、みないようにしながら手早くいちょう切りにした。 紗里にたべさせるニンジンなのに、こんな、栄養…

【詩】この世界に何にも必要ないの、もう私は

修学旅行に置き忘れてきたみたいな雷鳴ばかりが鳴る (女の子は頼り甲斐がなくて私が殴るとすぐに死ぬ) あなたの名前は遠い日にもやっぱり同じ、どれほど好きかと語るあなたの青い目、コンタクトレンズ、遠い国に置いてきた私の子宮とそれを食い破ったポリ…

【短編小説】8月31日の私を、リエさんはぜんぜん知らないでしょ

リエさんと知り合ったのは私が自殺でもしようかなと思いながら公園でブランコに乗ってるときだった。 中学生ってまあまあ何してても補導されるみたいなところがあって、だって昼間に歩いてもダメだし夜に歩いてもダメだし。結局、家か学校か塾か習い事の場所…

【短編小説】仕事を辞めて育てた一人息子は頭が悪いし反抗期、彼に捧げた時間は無駄だったのだろうか

少女が喘ぐ。着ているのか着ていないのか分からないほど透けた制服ごしにゆれる、大きくやわらかい胸を少年に押し付ける。少年は股間を抑える。おもわず射精をしてしまいそうになったのを抑えるために股間を抑える。彼は慌てる。慌てふためく。私は本を閉じ…

200704・詩 | 先週は私が不誠実の身体

きみの魂を先週も救えなかったわたしは放蕩するロマンスの最中、 (きみがどれほど傷ついているかなんて本当にどうでもいい、1から10までの数字で教えてよ、7以上なら会社を休んであげるから) 君は泣き濡れる、私にはけして明かすことのない胸の内を見…

【短編小説】リエちゃんは若くて綺麗で賢くてそのうえ性格がいい

リエちゃんは賢い。それに美人だ。 仕事の飲み込みが速いのはもちろんのこと、飲み会でお酌をするタイミングなんかも完璧だ。計算高いとかそういうわけでもなく、これが彼女のありのままらしい。かれこれ半年ずっと一緒に仕事をしているのだけれども、全然嫌…

【短編小説】「病めるとき」の私のことを君は嫌い、私だってこんな私は嫌い

涼太が由麻を独占するので、私は手持ち無沙汰でガルちゃんを眺める。ガルちゃんって全然面白くないんだけど、インターネットの世界でとりあえず暇をつぶせる場所がここしかないから仕方がない。もっとJO1とかなんでもいいけどアイドルたちの供給があったらこ…

男友達と絶縁をする日

原田くんの話。 / 原田くんは大学生の頃にできた友達だった。過去形で書いたのは彼と連絡を取るのをずいぶん前にやめてしまったからだ。 彼はとてもナイーブで、いつでも自分が傷つくための理由を探しているような子だった。私はそういう子を見つけると近寄…

きみは地獄をパルクールする

きみは私の息子の泣き声がきらいだと言った。嘘。「この世の全ての赤ちゃんを殺したくなる」と言った。私は笑えなくなってきみのことを一生ゆるせなくなる、こんなことで10年以上つづいてきた清らかな友情を打ち棄ててしまって。 言いそうになって慌てて胸…

【短編小説】当たり障りのないつまんない会話をこの先何十年も続けてたら私たち親友になれるかなどう思う?

「知り合いにみみりんみたいな女がいて、素朴に無理すぎてすごいよ」。と、「めうなご」さんはそう言った。Twitterで喋ってたとき予想してたのよりも髪がピンクだしパッツンボブだからめっちゃ強いってか全体的にお洒落だ。でも多分顔は私のほうが可愛いから…

je n'en peux plus, j'ai dit ça.

踏襲する守りの形が甘ったるくて悲しい私はこんなふうになぞるある一匹の生き物を。知りもしなかった自分の中に存在するその暴力性、に、理屈をつけてはならないと君が言ったのに 私の中に留まり私の内壁を荒らしまわる直訳された言葉をここに従え下らせる、…

【短編小説】素敵なきみに毒を盛る、別れるその日は泣かないように

紫苑は犬みたいなものだ、だから私に忠誠を誓うのとはぜんぜん別な場所でよそんちのメス犬と恋に落ちたりする。 親指をせわしなく動かしながら、紫苑のスマートフォンをすみからすみまで点検する。きょうもやっぱりソヒョンちゃんと会話をしていた。かびっぽ…

【2000文字小説】もう二度と間違ったママでいたりしないから許してごめんね大好きだからね

死ぬほど疲れてたから、とかそういうのは絶対言い訳にはならないと知っていて、でも、死ぬほど疲れてたから、としか言えない。「ひかり今、拓海に虐待したんだよ分かってる?」祥太が吐き捨てたその言葉によって、頭の内側のほうにパーッと嫌な空気がたまっ…

【ニセン文字小説】 欲情はそうぞうしい

その瞬間、自分という肉の塊のことを考える。明るい色のまつ毛がこちらを見据えるから、体の中身について思考を巡らせる。ねえ私たちが欲情すると膣の中から染み出す透明な液体っていったい全体なんなんだろうね、リンパ液か何かなの。何かなのかな? ははは…

【ニセン文字小説】一生こうやって食べることだけ考え続けるのかなって思うとやっぱり死ぬしかないのかなって本当は

箸を使うやる気がなくなってしまってスプーン。白米が喉の奥を通っていくと、うなじが逆立つような喜びに全身が浸された。またやっちゃった、頭の中でぼんやりと冷静な自分がそう呟く、ねえお母さん絶対すぐ帰ってくるじゃんご飯どうするの、炊かないとじゃ…

【ニセン文字小説】本当の本当にいつか若さは衰えて、私はそのうち人生詰む、それは今じゃない、明日でもない、でも確定してる

何もしたいことなかった。何もできることなかった。でも処女じゃなくて良かったって思う。処女だったら本当に生きてる意味分かんなかった。5万円で売った。あのときはもうやらないって思ったのに、生計立てる手段もうサポしかないの笑える。 風俗店とかに勤…

【短編小説】ずっと親友だった、ずっと励まし合ってきた彼女は、今や私よりずっとずっと不幸

「そうでもないよ、」と言いたかったが、とてもそんなことは言えなかった。優しい夫に育てやすい娘、世帯収入は600万円。「幸せそのものって感じだねえ」となるみが頬杖をつき、私はなんと返すべきか一瞬躊躇ってしまう。たっぷり3秒は悩んで、ようやく「そ…

【ニセン文字小説】既婚者は不幸になっちゃいけない法律でもあるわけ、そんなんだから既婚になれないんじゃん、嘘ごめん

彰が「きょうこれから戸澤さんと飲みに行くんだけど」と言い、あっそ、と私は返す。夕食のことも昼食のことも私のきょうこの後の予定についても話さない。小さいけれど復讐だ。私は彰に心底呆れていた。 今さらだった。全部今さらだ。そういうことは結婚前に…

(夜は)/191017

君は温情のある道ばかり選んでいるように見える、見えるから私は不愉快な思い出を滴らせてここにいる言い訳をする 「ずるいって言ってばかりの人が嫌い」と知らない誰かが言っているのを聞いて思わず私は私の体内にある一つの言語を埋葬する 大丈夫どこにも…

【ニセン文字小説】私が愚かで無価値だから浮気されても仕方ないのかな。そうかな

なるほどこうやってそのまま死ねたらいいのにな。死ねたらいいのにな。どうしたらいいのかな。死ねたらいいのにな。死んだらいいのにな。 全身が冷たい。こういうときの体ってそういうふうになるんだな。幽体離脱しているみたい。死んじゃったから、魂が飛ん…

【2000文字小説】今は頑張らないで、休むことだけ考えて、(未来にたくさん頑張って)

マンマローザを食べようと思ってたんだった。昨日の夜。起き上がって部屋のドアを開ける、立ち上がった途端におしっこがしたくなってトイレ。便座に隠毛が付いていて、取ろうと思ったけど汚いからやめて、そのままおしっこをする。冷蔵庫を覗くとマンマロー…

死ぬのが怖くてなさけない、生き物だから仕方ない

嫌なことがすぐにやってくるのと、何時間かあとにやってくるのだと、どっちがいい? もちろん後者。私は眠るのが嫌いだ。すぐに朝になってしまうから。 なんで生まれてきたんだろうか、という問いは常に「いつかはどうしても死なないといけないんだろうか」…

<短編小説> 私は幸せ、だってこれまでも幸せだったから

ママが私を妊娠したとき、ママはパパよりも先に田隈さんに「妊娠した」と耳打ちし、田隈さんはその場で私の名前を考えてくれた。ママはその晩、仕事から帰ってきたパパに「秀美ちゃんを妊娠したの」と告げ、その7ヶ月後の12月、私はちょうど妊娠37週目で肺…

190707/黙るときの言葉は嘘

黙るときの言葉は嘘だ。恒常的に会いたい会いたいと罵る誰かを知っていたい。 「でもね。」いつでもそうやって否定をする、週休二日もあるのにひどいよね、「でもね。」いまだにカシスオレンジなんて飲んでるから天罰だってくだって当然だよねえ? 「でもね…

しあわせになったミカちゃんと私だから、もう二度と友達には戻れない。だよね。

高校時代から10年以上仲良くしている子にミカちゃんというのがいて私はミカちゃんのことを。 嫌いだ、と書きかけた手が止まる、それからおもむろに「嫌いだ」と続きを書く、3秒考える、1行を全て消す。 私のミカちゃんに対する思いは10年間ずっとこう…