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いないならいないで、それはそれで(今週読んだ本)

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今週読んだ書籍。今週は「子供を産まないこと」についての本をよく読んだ。

今週読んだ本

くどうみやこ『誰も教えてくれなかった 子どものいない女性の生き方』

森下えみこ、くどうみやこ『まんが 子供のいない私たちの生き方』

永田夏来、pha、藤沢数希、山口真由、酒井順子『「結婚・妊娠・出産」って最後の宗教みたい』

吉田潮『産まないことは「逃げ」ですか?』

永田夏来『生涯未婚時代』

酒井順子『子の無い人生』

林真理子『花より結婚きびダンゴ』

林真理子『野心と美貌』

読んだ小説

窪美澄『いる いない みらい』

多和田葉子『ゴッドハルト鉄道』

野崎まど『[映]アムリタ』

読んだ漫画

佐々木倫子『動物のお医者さん 1』

 

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子供を持たない人の何に興味があるのか、どうしてこんなにずっと子供がいない人のことについて考えているのか、自分でもよく分からない。何が知りたいのか分からないので、本を読むにしても散漫になってしまう。あんまりよくない。そのうち分かるといいなと思いながら、ツラツラ読んでいる。

 

*

 

いろいろ読んだけど、要するに、子供を持たない人、っていうのはくくりが広すぎるんだな〜と思った。持てない人、持てなくなっちゃった人、持たない人、色々いる。

 

やっぱ子供を持たないって大変なんだろうなあ。私は24歳で産んでしまったので、人生で一度も「子供産みなよ」と言われたことがない。なので、子供を産まないの? と言われることが、どの程度うっとうしいのかがよく分からない。

二人目産みなよ、は結構言われたな。でも、子供がいない→いる っていうのと、子供がいる→もっと増える っていうのには、かなり違いがあるものね。

 

*

 

子供ってなんかやっぱり、産んだほうがいいということに(今のところは、誰がそう言っているというわけではないけれども、どうやら社会の空気として、なんとなくそう)なっているので、産んだ側と産まなかった側を対等な存在として語ることはできないよね。

それは、男と女は対等であると仮定してるみたいなものだ(僕と同じぐらい稼いでくれなきゃね、と男が女に要求すること、的な)。

 

だから、産まなかった側に、産んだ側の気持ちを「ご理解」していただくように求めるのは、なんていうのかな。あんまり良くないだろう、とは思う。大変な側に、もっとがんばれ、と押し付けることになるというか・・・。

 

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色々な本を読んでいて思ったのは、子供を持たない人、というのは、基本的に、持たない人、の中で完結しているような感じがある。子持ちには関わらないでほしい、みたいな空気というか。それは多分、「持たないこと」が普通のことになっていく、今がまさにその過渡期だからこそだと思うのだけれども。

 

今はまだ、子供を持たない人たちが、「どうやって自分の中で折り合いをつけるか」という段階なんだろうな。あと数年したら、「それをどうやって外部に表明するか」という段階になっていく・・・ような気がする。

 

これはフェミニズムと同じなんだと思うんだ。

女の側でいくら「男と同じぐらい働いて、でも給料は問答無用で男より低くて、しかも男は家事とかしなくてよくて、外見も金かけなくていいの、おかしくね? これおかしいよね! おかしい!」と納得がいってても、それを男の人に「おかしいですよ」と伝えるフェーズがないと、現実世界は変わっていかないじゃない。

「弱い」側の意識がどれほど変革したとしても、結局社会が変わるとしたら、「強い」側の意識が変わったときなんじゃないかと思うの。

 

産んだ側が、「産むとか産まないとかで人生別に決まらんよな」と思ったときに、ようやく、産まない人たちは、「子供がいないプレッシャー」から、やや解放されるのでは。

だから、産んだ側として、私は、産まないってどういうこと、というのを知りたい、のかもしれない。

 

私の態度は、たいへん偉そうですけどね。マジョリティの戯言っていう感じ。でも、そういうふうに今は思っている。

 

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産まない人について書いた小説である、窪美澄の『いる いない みらい』。非常に良かった。窪美澄は妊娠中に『水やりはいつも深夜だけど』を読んで、あんまりグッとこなかったな〜と思っていたけど、めちゃくちゃいい。やっぱりピンとこない小説は3年ぐらい待ってみるのもありなんだよな。

 

なんでグッとこなかったかっていうと、文体がめちゃくちゃ平易だからかなあ。あまりにも平易なので、「小説を読んでいる私」という自我が高揚しなかったっていうか・・・。西野カナ聞いてる気分になっちゃったっていうか・・・。当時は西野カナそこまで好きじゃなかったんだよ、今は結構好き。

 

窪美澄の文章は、めちゃくちゃ平易で、詩的さはゼロ。詩的な瞬間みたいなものは全然ない。かといって執拗に現実感があるかというと、そうでもない。テレビドラマっぽいなと思う。映像的で、虚構っぽさがある。

 

でも、窪美澄は、「成長しない主人公」「変化しない主人公」を許すんだよね。これがすごくいいな、と思った。

小説っていうのは基本的に、変化を描かないといけない。でも、窪美澄が得意とする「女性の生き方」みたいなのを書こうとすると、どうしても、変化しない部分が一番大事、になってしまう。たとえば今回の小説でいうと、「産みたくない」という気持ちが大事なわけだよね。「産みたくない」が「産みたい」になってしまうような小説はよくないわけ。それはなんか、厚労省とかが書くやつだから。

 

産みたくない気持ちは産みたくない気持ちのまま、でも、変化のないノッペリした小説にさせずに、主人公以外の人間を変化させたり、主人公とパートナーの関係性を変化させたりすることによって、小説としての読後感を保っている。うまいなーと思った。

 

私は「変化しない主人公」っていうのが好きなので、この感じを真似できたらいいなあと思った。

 

それから、自分の憶測で小説を書いていない感じがすごくいい。かなり丁寧に下調べをしてから書いているなあ、という感じがした。でも、オタクの発表会っていう感じにならず、きちんとポップさと易しさを保っている。

 

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そんな感じだった。