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ウキウキdaysの詳細です

痛みによく効く

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金曜日、息子と私とで、実家まで泊まりで顔を見せに行った。

息子と父親が寝たあと、母親から徹夜で7時間ほど、ノンストップで父と父方の祖母(母にとっては、夫と姑だな)の愚痴を聞かされる。

(どっちにしたって私は実家では不安で眠れないので、徹夜なのは当然なのだが)

 

7時間母親が話し続けられるというのは、つまり私がとても楽しそうに愚痴を聞いているように見えたということなのだろうけど、まあ・・・正直にいうとしんどかった。

 

私は父親のことも母親のことも、同じぐらいに愛着を持っている。それは私が、私自身のことを否定したくないからだ。出自を否定することは、自分を否定することと同じ。

そういうことに母親は思い至らない。たぶん父親も思い至らない。私は昔から、「お母さんはバカだから」とか「お父さんは人格に障害がある」とか、そういう彼らの言葉に、毎回きちんと、心から賛同してきた。

これはとても苦しい。でも、苦しんでいることを私は実家の人間の誰にも言わない。言ってどうする、と、私の中の無力な犬が言う。

 

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帰宅してから、息子が生まれてきて以来初めて、家族みんなで「夜更かし」をする。息子はヤクルトを、私と夫はレモンサワーを飲みながら、3人でおしゃべりをした。いつの間にか息子は全然赤ちゃんじゃなくなっているんだな。大人二人とその子供、という感じではなくて、家族のメンバーとして、一緒にお絵描きをしたり、会話をしたりする。

 

会話の中で、夫に、「愚痴を聞くのが大変だった」と漏らしたところ「愚痴を聞くというのは、その人の感情に寄り添うということだから、暗い気持ちになるね」というようなことを言われる。

あと、「愚痴っている人が100パーセント被害者だと言い切れないと、モヤモヤするんだよね」という話をした。

 

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私にはこういう夫がいるからとても良かった。母は、一番理解してほしい夫に理解してもらえない。それが辛くて私に何時間でも苦しみを打ち明ける。

母の生きる希望であるキャリアの追求は、父というパトロンが必要不可欠で(母は書道家で、演奏家だけれども、こういう活動にはお金がかかる)、でもその父と一緒にいる限り苦しみは無くならない。なんて悲しい人だろうと私は思う。

母の苦しみがとてもよく分かる。父親が母にかけたひどい言葉や態度について、本当に心からの気持ちで「ひどいね」と言う。

でも私は父親のことだってとても愛していたいと強く思う。それが母親への裏切りになっているような気がして、私は混乱する。

 

どちらに忠誠心を見せるのか、常に問われている。どちらも大切な存在だと言い切ってしまうことは、どちらかを悲しませることだと思う。

親になった今、そうやって「忠誠心」を見せろ、と子供に強要することの、なんと気持ちがいいことか、と、私はやっぱり、父や母の気持ちがよく分かってしまう。分かるからこそ、やめないといけない。

 

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私は本を読むのが好きで、本当に助かった、と思う。本の中には、私と同じような環境で苦しんできた人がたくさんいて、私はその人たちの思いを追体験する。こういう気持ちで、こういう態度で生きていくことが、まあまあ今のところベストそうだな、と、方針を固める。

 

無意味に傷つきすぎることも、過剰に強がることも私はしない。私は徹夜してしんどかった。母の愚痴を聞いてあげて優しかった。いろんなことがあって疲れていたのに頑張った。

 

***

 

私はもう子供ではない。状況も分からないままに、親から傷つけられたのではない。それはたとえば、戦士が、死ぬかもしれないと納得ずくで戦地に赴くようなものだ。傷を負ったとしても、それは「理解可能な」傷だ。というか、理解可能な傷であるべきだ。

 

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とても疲れたな、と思う。前日から不安でろくに眠れなかった。きょうも少し眠い(久しぶりにアルコール飲んだしね)。まあ1週間ぐらいかけて回復していくのかな。

でもまあ、もう大丈夫。私には夫と息子がいるし、ここは私たちの家だ。きょうは腐葉土を買ってきて、この間届いた苗を庭に植える。息子を抱きしめて、大好きだよと言って、絵本を読んで、ドライブに出かける。

 

正しいのかはよく分からないが、夫と息子と三人で、居心地のいい家を作ってきた。

いいことも悪いこともあるけど、概ねとてもいい。

両親から貰ってきた良いもの(もしくは、悪いものから学んだ知恵)をふんだんに使って、私は今こうして息子と夫を愛する。

きょうも明日もsurviveするのだ。