【2000文字小説】なんで私たちって性別が同じだからってだけでこんな色々気にしないといけないんだろうね

 なんかこういうとこで食べるご飯ってなんでか分からへんねんけどいつもソフトクリームだけ異常においしくないと章子が言った。なあ、かなこちゃんそう思わへん。いやそんなことより章子箸の持ち方おかしくない? と言おうかと思ったけど言わずにおいた。なんでかというと社会性があるから。そうかもな、ははは、ずるずるずる、っていうか章子食べ終わるの早いなあ、ずるずるずる、あはは、ずるずるずる、チャンポンをすするずるずる、という私の発する音はものすごく間抜け、すごく間抜けだ。

 え、私けっこう焼きそうめん好きやねんけどむしろソフトクリームがあかんかも甘いものあんま好きちゃうし私。焼きそうめんめっちゃ美味しいよ? と千愛が言う。旅行の間中ずっと千愛はこうやって章子の言うことに逐一反対しなければ気が済まないようだった。章子ちゃんもきたら? とはしゃぎ気味に彼女を誘ったのは千愛だったくせに。
 
 7月14日、千愛はいきなりこう言う、それは会社に最寄りの公園のトイレで千愛とキスをした、おっぱいを触った、パンツに下着を手にかけたそのときだった。「なんか今年さあ、暑なりそうやん、なあかなこ、お盆休み早めに取ってさ、どっかパーッとしたとこ行こ」「あほか私お盆実家帰るって」「なんで?」「なんでってお盆てそういうもんやし」「なんで?」その日は暑かった、トイレには熱がこもっていつもよりひどい臭いがするような気がした、35度超したな今日もな夏やんな、もう夏やんな、梅雨結局あんまりそんな感じせんかったな、なあ、千愛はパンツを脱ぐ、私の手を取って彼女の局部を触らせる、濡れている、はあ、千愛は「もっと触ってもいいよ」と言う、「でも旅行も行きたい、」いきたい、いきたい、いきたいなあ、いきたいなあ。「あああうん」

 はあ、と息が漏れる、はあ、吸う、ふう、吐く、なんで? 千愛は囁く、わかんない。でもそういうもんやん。なあ。今家族の話やめてよ。

 暑いから旅行に行きたい、と言ったくせに結局「やっぱ旅行って高いな」と千愛は言った。月収18万ボーナスなしの会社員が旅行行くのって大変やんな。あんた貯金してへんの? そう聞くと千愛はこちらをふと見てくる、彼女のイエローベースの肌にブラウンとゴールドのアイシャドウ。「千愛好き」思わず囁くと千愛はうふふと笑った。「貯金はないよ」「なんぼあんの?」「いやでもまあ給料日前やしまあ2万とか?」「2万? なんで疑問系なん?」「かなこ、そういえばなんぼあんの?」

 いや30万、と言うと千愛はわあ、と言った。「二人でヨーロッパ行けるやん、高飛びしよ」「行かへんし、行けへんし」会社に備え付けのシンクは毎日大量に出るふきんを洗うためにはあつらえられておらず、じゃあじゃあと出てゆく水はふきんの布地を打ち、そのまま私のワンピースを打った。かなこちゃん好き、めっちゃ好き、ほんまに、なあ、ヨーロッパ行こ、千愛が笑う。「あかんて無理やて」。私も笑う、「ええ何かなこちゃんと千愛ちゃんヨーロッパ行くん?」

 じゃあじゃあ出まくる水と千愛の向こうで章子が驚いたような顔でこちらを見つめていた。「あ、章子」「なんでー夏休みで行くん? 実家帰らんでいいん? それとも帰るしその上旅行も行くみたいな感じ? いいなーいいなーめっちゃいいなー私も行きたい」えーまだ決めてへんよー、と私が言うより前に千愛は「えーじゃあ章子ちゃんも来たら?」と笑う。こうやっていつでも色々を気にしすぎるあまり妙なことを言い出すのが千愛だ、そういう女だ。章子は「えー女子旅めっちゃいいやんめっちゃいいやん! かなこちゃんいい? どう? ってか夏休みいつ取る私もう希望出しちゃったけど8月の29と30と31やねんけどみんなどうしたん」「私らまだ出してなくて、章子ちゃんに合わせるわ、かなこ出してなかったよな?」「え、」うん。そうやってちゃらんぽらんなことを言い出す千愛に嫌われたくないあまり夏休みの予定まで無茶苦茶にしてしまうのが私だ、そういう女だ。

 千愛と章子は二泊三日で山口県に旅行をするにはあまりにも不向きな取り合わせだった。「なあなんで山口なん? なんで章子さんが言ったこと合わせんとあかんの?」千愛は私のアパートで彼女のことを章子さんと呼んだ。じゃああんな旅行とかそういうの言わんかったらよかったやろ。いやそれはだってなんか、「なんで二人でコソコソ旅行の話とかしてんのとか言われたらあかんやんなんか」「女が二人で旅行なんてよくあるやろ」「もーかなこだけは私の味方でいて」「味方です、味方です味方です」千愛の髪はボタニストのグリーンアップルとローズの匂いがする。「どうする私の親が倒れたとか言う? 当日の朝にいきなり」「えーそれで普通に私ら二人で過ごすってこと? 絶対無理、街で鉢合わせたらめっちゃ気まずいやん」「別にその間に韓国とか海外行ってもいいやん」「今更航空券取ったらすごい高いし」「じゃあ頑張れる?」「あ」千愛がいきなり身を起こす。ボタニストの匂いがあたり一帯にたちこめてその空気を掴めそうなぐらいだった。「なあかなこ旅行中セックスできひんやん」

 なあ、と千愛は言う、そうよ、と私は言う、そう。

 章子はソフトクリームを舐めながら冷え切った空気すら食べ尽くすようだった。「なあなんかさ千愛ちゃんさ旅行の間ずっと私に怒ってた?」「ええそんなことないよ、章子ちゃん気にしすぎ」ならいいけどな、と章子は言う。章子のキャリーバッグはワインレッドで、二泊にしては大きすぎるサイズだった。パナソニックのドライヤーとピンク色のヘアアイロンと替えのシフォンスカートを入れているのを見た、私髪の毛爆発するからこれ絶対欠かせへんねんなと旅館で朝に教えてくれた。「やっぱ、付き合ってる二人の邪魔したみたいな感じ、私?」

 え、と顔を上げる、千愛の喉がぱっと火照った。

 章子はそれを見てああ、と言う。ああなんかそうかと思った、そうかと思っててんけど、なんかかなこちゃんのLINEの着信うっかり見えちゃったことあって、そのときそうかなって思ってんけど、でも旅行とか断られへんかったから別に違うんかなと思って、でもなんか二人、距離近かったから、なんかそうかなと思って。

 ああ、違うねん、私全然こういうの偏見ないねんか。普通に恋バナとして知りたくて。だからなんか別に面白がってるとかそういうの違って。すごい二人とも綺麗でめっちゃお似合いやと思うねんか、なあ。いつから付き合ってるん。

 章子のキャリーバッグに白いソフトクリームの飛沫が飛ぶ、それは千愛が章子の頰を思い切り殴りつけたからだ。「はあ?」千愛が言う。「馬鹿にすんなやお前」

 そのまま道の駅を飛び出す千愛を私も追いかける。「章子私らそういうの苦手やねんかごめんな今度あれするわほんまごめんな」千愛は普段と同じジルバイの小さな黒いリュックを肩にかけていた、彼女の荷物はあれで全部だ、私は彼女のそういうところが好きだ、私は彼女のこういうところが好きだ。