【短編小説】ずっと親友だった、ずっと励まし合ってきた彼女は、今や私よりずっとずっと不幸

「そうでもないよ、」と言いたかったが、とてもそんなことは言えなかった。優しい夫に育てやすい娘、世帯収入は600万円。「幸せそのものって感じだねえ」となるみが頬杖をつき、私はなんと返すべきか一瞬躊躇ってしまう。たっぷり3秒は悩んで、ようやく「そういうことになるかもねえ」と口にした瞬間、なるみとの友情はきょうで終わりなんだろうなとなんとなく分かった。

なるみの肌にはいまだにポツポツとニキビができていて、もう私ら30歳も超えたんだから化粧品考えようよ、と言おうとしたがそれもやはり言えない。「新しい仕事どう?」話題を変えようと明るい声を出す、「どの?」「何が?」「前会ったのいつだっけ?」「えーあのあれ、日本酒飲み放題のときだから、あれゴールデンウィークだったから、じゃあもう7ヶ月ぐらい前じゃない」「あのあとまた変わったから」「何が?」「職場が」「なんで?」「なんか合わなかったから」「ああ、」彼女が着ているグレーのモヘアニットからは、黒のヒートテックがはみ出して見えている。グルマン系の香水の匂い。「えっと、今なんの仕事してんの?」「普通に今は、資格取得の勉強してる」「ん? あ、今のところ働いてないってこと?」「うん、っていうか、アロマセラピストの資格を取ってみようかなと」「なるほど」

彼氏がさあ、都会に勤める女は嫌だって言うからさあ。彼女の操るフォークによってミルクレープが小汚く崩れていく。「ああー松木さん、松木さんだっけ? だよね。まだ付き合ってるの?」「うん、もう彼氏っていうより家族みたいになってきた感じあるけど」「あー長いもんね。私らが知り合った頃にはもう付き合ってたから」「そう。もうすぐ4年目かなー」「すっご、」私は心からの笑顔を作る。すっごいわあ、私、人と長く付き合うとか無理だったもん、と続ける途中いきなり、ああやっぱりこれも間違った話題だった、と気付く。視線を落とす。なるみは笑って「かもねー」と答え、そのまま「まあでもさ、結婚してもらえなきゃ意味ないよね」と続けた。「ははは、」飲もうと思ったアイスティーのグラスはとっくの昔に空になっている。

良ければオフラインで会いませんか、となるみがDMをくれた頃の私のことを思い出す。あの頃の私にとって、なるみはまさに魂を分けた双子だった。親のこと、いじめのこと、新卒で入った会社のこと、何を話しても分かり合えた。

どこからだろう、私が和博に出会った頃からだろうか。彼と出会わなければ良かったのだろうか。私がデキ婚なんかしなければ、まだ二人で、お互いの境遇について慰めあえて、励ましあいながら生きていくことができただろうか。「そろそろ行こうか」という一言を言ったら負けのチキンレースかのように、私となるみはドトールの2階でかれこれ1時間半、ひたすら座り続けている。