【ニセン文字小説】一生こうやって食べることだけ考え続けるのかなって思うとやっぱり死ぬしかないのかなって本当は

箸を使うやる気がなくなってしまってスプーン。白米が喉の奥を通っていくと、うなじが逆立つような喜びに全身が浸された。またやっちゃった、頭の中でぼんやりと冷静な自分がそう呟く、ねえお母さん絶対すぐ帰ってくるじゃんご飯どうするの、炊かないとじゃん。でも腹パン状態でご飯炊けなくない、ねえ、だから、今さ、おっきいお皿に全部ご飯出して、炊飯器洗って、お米研いでスイッチ入れてからじゃないとバレるじゃん。知らない、分かんない、そういうの今どうでもいい。もう一口、ご飯が食道に送られるその音を聞いた瞬間、いろんな考えは全部胃酸で溶かされる。

胃の全部が米で満たされる想像をする。私は想像の中で自分を輪切りにする、ネットで見たエロい漫画の挿入シーンみたいに。白くてぬらぬらした細かい粒が私の身体をどんどん汚染していく。気持ち悪い、気持ちいい、気持ち悪い。

3杯目でツナ缶がなくなって、仕方ないからふりかけで丸飲み。きょうは4合いけると思ってた、予感があった。最後の一杯を茶碗によそって、保温ボタンをオフにする。勝った、となんとなく思った。あとお茶碗一杯分食べられたら、4号一気は新記録だ。ちゃんと机で食べよう、と思うのだけど、息が苦しくて歩くのすらつらい。そのまま寝転んで、手でその白い食べ物を掴んで口に入れる。パンパンに膨れ上がった体のだるさが気持ち良くて思わず目を瞑った。このまま寝落ちしたい。

まばたきの続きで目を開ける。視界に入るのは、茶碗のなかに残る二口分くらいのご飯。手で掴んで一気に喉へと押し込む。ご飯は最後のあたりが本当に食べづらい、口の中いっぱいにべったり広がるのりたまの味。飲み込んだ瞬間、心底安心した。もう終わり、このご飯は終わり、征服終了。体に入りきらないご飯が体の外に出ていこうとする、オエ、と音を上げる体の内側、一筋大きい涙が垂れた。まるで私の皮膚は食べ物を入れるための単なる箱みたいだ。

ポケットからスマホを取り出して、とりあえずTwitterを開く。通知欄はお気に入りばっかりで、全然RTされない。過食する前にした病みツイートにsakuyaちゃんがリプライを入れてくれていて、迷ったけどとりあえず普通に「結局過食しちゃったよ、今気持ち悪くて動けない」とリプライ。なんとなくTwitterを閉じるのも嫌で、タイムラインを見ようと思ったら、ノノさんがお気に入りに入れた黒崎みさちゃんの自撮りが出てきて、無理、無理だなと思って発作的にブロック。最悪、黒崎みさちゃんは何も悪くないのに。美人に嫉妬する自分、惨めすぎてつらい。新規ツイートのボタンを押す、キーボードを眺める。「ぐるぐる考えてたらしんどくなってきて結局過食してしまいました・・・。」最悪、と打とうとして、体の気持ち悪さがいきなり増す。

最悪。冬だけで何キロ増えたんだろう。拒食だった頃に戻りたい。でももう多分戻れない、もうそんな元気ない。吐くのも無理だしできないし最悪だ。

「あー、」と声を出した自分の声はビックリするぐらい低い。可愛くない声、可愛くない顔、可愛くない体、クソすぎるコミュ力、学校休んでるから授業ももう付いていけないかもしれない、じゃあどうしたらいいの、「死にたい」、「まじで無理」「なんで生きてるんだろう」「死ぬの怖いから安楽死導入してほしい」「死にたい」。連続でツイートするそばから誰かがお気に入りに入れてくれるのが分かる。もう嫌だ、なんか食べたい、なんか食べたい、せっかく家で食べられるんだから、どうせなら美味しいもの食べれば良かった、買いに行く時間あったのに。買いに行こうかな。どうしようかな。だんだんゆっくりと私の思考は散漫になってくる、ドロドロした輪郭の中で、全てがどうでもよくなって目を閉じた。

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お母さんが帰ってくる音がする。あれ、結局ご飯炊き直したんだっけ、炊いてない、っていうか炊飯器も洗ってない。何か言おうか、と迷っていると、お母さんが私の部屋までやってくる。ドア越しにお母さんが私の名前を呼ぶ。「ご飯食べたの?」「うん」「お腹空いてない?」「うん」「あとで食べる?」「かも」、と答えて、少し経ってから、「いや食べないと思う」と付け足した。「そっか」「うん」。

消化も一通り終わったみたいで、歩けるようになっていた。ご飯4合吸収はエグいだろうな、考えだすと気分はどんどん落ち込んでくる。リビングに行くと、テレビで大食い選手権が流れている。ラーメンの早食い。女の選手がいて、吐きだこがあるかどうかを探してしまう。

お母さんは私の顔をチラッと見る、それからテレビに目線を戻す。

「こういうのさ、」お母さんが言う。「なーんか資源の無駄って感じするね」。うん、と相槌を打つ。そうだね。お母さんは私のほうを見ないで、そのまま続ける。「でもさ、優香ちゃんさ、前よりも、見た目健康そうになって、よかったね」

お母さんが笑うので、あんまり何も考えないようにしながら、そうだね、と返す。「本当、一時はどうなることかって心配したよ」、お母さんの鼻の頭には黒い毛穴がいっぱいだ。「うん。」

心の中がどんどん腐ってドロドロになっていく、何か食べて忘れたい、入るようになったから詰めたい、食べられなくなるまで食べたい、セブン行きたい、ローソン行きたい、ファミマ行きたい。「なんかきょう外出てないから、散歩行ってこようかな、」財布の中にお金いくらあったっけ、口座に残高いくらあったっけ。「散歩行くの?」「うん」「もう遅いよ」「うん、でも外の風当たりたくて」「そうなの」「うん」「すぐ帰ってくる?」「うん」

うん、うん、と頷きながら、買いたいパンの種類をずっと考える。とりあえずスイートブールは安定で、あと何にしよう。どうしよう。甘いの食べたいな、ロールケーキ食べようかな。ロールケーキいいな。ロールケーキにしようかな。

コートに袖を通す、行ってきます、と小さな声で呟く。玄関に鍵をかけた瞬間、早足でセブンまで歩き出した。