【短編小説】当たり障りのないつまんない会話をこの先何十年も続けてたら私たち親友になれるかなどう思う?

「知り合いにみみりんみたいな女がいて、素朴に無理すぎてすごいよ」。と、「めうなご」さんはそう言った。Twitterで喋ってたとき予想してたのよりも髪がピンクだしパッツンボブだからめっちゃ強いってか全体的にお洒落だ。でも多分顔は私のほうが可愛いから一緒に新宿にいても死にたくならなくてそのへん助かる。

足を組み替える。それからもう一度組み替える。ウチらはまだ25歳なのでそれゆえルミネのエスカレーターのわきんとこに置いてあるベンチで1時間ぐらい会話する権利を持ってる、そう願う。

「みみりんってしまじろうのあれ?」「そう」「らむりん好きだった私」「らむりん、今いないよ」「えっ」「変な猫になった」「えー」

変な猫って何? と言おうとするのだけど、めうなごさんがいきなりスマホを手に取って何か入力し始めたので、どうしていいのか分からずとりあえず「ウケんねー」とだけ呟いておく。

らむりんってどんな顔だったっけ。全然思い出せん。性格も思い出せん。てか、めうなごさん、スマホ触り出すタイミングがこれまで会ってきたどの人とも違う感じで対応しづら。いいけど。「ほら」

一瞬間だけ目をつぶる、眼前に迫っためうなごさんのスマホ。「あ、ごめん」「えっまずそのスマホかわい」「えー違う違うこれめっちゃ去年のやつ」「どこのやつ?」「ギャラクシー」「iPhoneしか使ったことない」「iPhoneが一番安定してるって彼氏が言ってた」「へー」Googleの画像検索結果に目をやる、しまじろうと仲間たちのイラストが延々と並んでいた。「あー、ほんとだー、変な猫だ」

なんか、親が働いてるキャラとかを入れよーねってなったんだって。めうなごさんはそう言う。「詳しいね」「だってめっちゃ調べたもん、らむりんどこ? って」「なんでー?」「らむりん好きだったし」

聞きたいのはそこじゃないし、多分めうなごさんもちょっと違う感じで返しちゃったなって分かってるんだけど、そういうことを追求したりはしない。怖いから。「らむりんかわいそー」私は笑う。

私たちはお互いのために、それから自分自身のために、今ここにある話題を前へ前へと次々追いやっていく。この下らない話題が尽きるのは一体いつになるんだろうか、尽きた瞬間私たちはどうしたらいいんだろうか。セックスに頼れないから本当コミュ障の悪いとこ全部集めましたみたいな空気になっちゃうんだろうね考えるだけでぴえんだよ、それともいっそセックスしてみたら間が持つのかな。

「なんかさー」何を話すか決めていないうちに口を開く。「みみりんが」、なんだろう。「なんだろう。みみりんがさー、ド直球にモテる女だとしたらさー、この変な猫はサバサバ系っぽい」「分かる」「とりあえず生って居酒屋で言う」「言うよね」めうなごさんが笑う。「てかあ」そう言ってみるんだけど、めうなごさんがこの話題についてどう思ってるのかいまいち分かんなくてスカートの上のとこで段々になったお腹の脂肪がいきなり気になってくる、萎え。めうなごさん、この話題広げても大丈夫? 私の癖強めな部分ってかおもんないYouTuberみたいなこと言っちゃうキャラ結構出るけど、大丈夫?

「てかあ、ビール好きって人のうち何割かは嘘ついてると思う」「ウケる」「ビールまずい」「私ビール飲める」「偉くない?」「でも飲まない」「まずいよね」「味っていうか太る」「あ、らむりんは飲めないかすぐ真っ赤になるよね」ね、と言い終わる前にめうなごさんが口を開いて、「らむりん初めてパーマかけたのが20歳のとき」私はもう、「天パなのに」なんか、内臓から、めうなごさん大好き、みたいな気持ちになっちゃって、思考が一瞬うっとなって息が止まる。「あーそうか」「縮毛?」生理前かもしんない。「らむりんが縮毛かけたら泣く」「ワンチャンストパーある」「やーだ」「らむりんはでも、吹奏楽部なんだけど、性格いいほうの吹奏楽部じゃん」「分かる。看護学校行く系」「あーそれなー。メールアドレスにhappyって入れるタイプ」「え、メールアドレスって単語、ド懐かしくて涙出てくる」「cloverも捨てがたい」「happyアンダーバーclover0506、からのハイフンfriends」「foreverもな。てか5月生まれなの分かりすぎてつらい」「身長が167あるからね」「高いの気にしてるからね」「別にいいのにね」「え、ウチら架空のキャラに対してめっちゃ妄想捗るやん」「ウケる」

めうなごさんに遊びましょうよって誘ったのは私だから、これで面白くない女ーって思われたらブロックされたりしてしまう。つらい。でもあんまなんか常軌を逸した感じでウケを狙ってもダメだからそのへん匙加減よく分かんなくて、だから結局つらい。

これが仮に高校の頃の友だちからブロックされましたってことだったら、私だってあの頃よりかは成長してますからねって思ってなんともないけど、去年あたりからできた知り合いに拒絶されるのは結構キツくて、だから絶対に負けらんねえこの戦いって思う。

だから、私はちゃんと、めうなごさんの出した話題は全部拾う。

「え、ってかその、知り合いにいる無理すぎなみみりんさんは何」ちゃんと思い出せてよかった。めうなごさんがウンンと変な相槌を打って、「え、すごいよ」「なんで?」「めっちゃモテるんだけど、めっちゃ裏表激しい」「写真ないの」「ある」「見して」「うん」彼女がスマホに手を伸ばした瞬間、ベンチの前をおばあちゃんが通りがかる、目が合う。これ立っとかないと態度悪い若者になっちゃうやつじゃん。

「ちょっと待ってフォローが大量すぎてみみりんに辿り着けん」めうなごさんは別にそういうのは気にならないタイプらしかった。おばあちゃんすごいこっち見てたのに。「あ、てかあとでZARA行きたい」私がそう言うと彼女もスマホから目をあげる。「あ、行きたい」「でもルミネからだと行き方わからん」「分かる、私分かる」「え、行こ今から」「いい?」「うん」「ピアス買いたい」「ZARAのピアス付ける女じゃん」「何それ」「今考えた」「ウケんねー」

あったかい時期は荷物が軽くて楽だ。めうなごさんと会うからっていう理由で無理やり購入しちゃったカバンは3200円だったんだけど全然高見えで大満足。「一回とりあえず外出る系?」「うん。すぐ着くよ。てかインスタあった」「見して」「これ」「え、可愛い」「他撮りでこれよ」「鬼」「でも性格死ぬほど悪い」

めうなごさんは歩くスピードが速い。澤田くんと付き合ってた頃を思い出してつらい。澤田くん、歩くのクソ速かった。今なら澤田くんにだって「歩くのはやーいよ♡」とか言えるかもしんないけど、当時の私はメンヘラこじらせすぎてて、澤田くんがズンズン一人で歩いていくのを見ると悲しくなって歩くのやめちゃって、心の中で「さあ彼は何秒後に私がついてきてないことに気づくのでしょう」とかナレーションして、妙なセンチメンタルに浸っていた。澤田くんは私がそういうことするたび30秒ぐらいで気づいてバーッと走ってきて、私もなんか気まずいから走って逃げて、追いつかれちゃったタイミングでいつも普通に怒られた。

30秒も気づかなかったんだから普通に考えて怒る権利ないのに澤田くんウッゼかったな。今何してんだろ。頼むから年収280万円とかであってくれ。

めうなごさんは歩くのが速いから私はやっぱり「もう疲れた」って言いながら立ち止まりたくなるんだけど、そういうことをしたらマジで終わるから私は大腿筋を翻してズンズン歩く。

ZARAに行きましたーってなるじゃん、それでそのあとどうするってことをもう考えてるから私多分なんかどっか病的なんだと思う。適当に会おうねって感じだったからランチの場所とか全然予約してなかったのを最高に後悔。ZARA見たらだって絶対足疲れるじゃんそしたらどっか座ってご飯食べよとかお茶しよとかになるじゃん。でも、めうなごさんと行くべき座れる場所ってどこ? ってことなのよ。サイゼとかのファミレスなのか、お洒落なほっこり系のカフェ行くべきか、でもここ新宿だからね私全然土地勘ないもん、微妙、いまいち分かんない。てか私はランチ2000円はギリギリ困らない範囲だけど、それがめうなごさんにとっても大丈夫なラインか分かんないから。

私は私の年収のこととかめちゃくちゃ知ってるし全然何も恥ずかしいとか気まずいとか思わないのに、だからってめうなごさんに「私年収310万円あるからランチ2000円までなら全然余裕なんでー」とか言うと気まずいし若干なんか年収低くてごめんなさいって感じになるのが人間界難しいよなっていつも思う。

ZARAを出てグーンとまっすぐでかい信号があるほうに行くと居酒屋とかファミレスとか色々あるじゃん? 本当はなんかジョナサンとかそのへんの価格帯のとこにいい感じで辿り着けるといいんだけどって思ってて、あれ? っていうかZARAにトイレあるのか? あんなジャンジャンフロアぶちたてといて無いこと無いのか? 完全に鏡見たいテンションになってきた。

「ZARAなんか、大きいやつ買う?」「え、ワンピとか?」「うん」「買ー、う、買わない、買うかも、薄い黄緑の服あったら欲しい」「薄い黄緑かわいい」「こないだから気になってる」

でも私は多分買わない、ZARAの良さピアス以外よく分かんないし。

めうなごさんの着てる服はすごい派手で変な丸とか棒とかいっぱい書いてあって、こんなのどういうテンションで「よし買うぞ」って決意したんだろうとなんとなく不思議に思った。ブーツはでも、ゴツくて可愛くて、ああいうの私も欲しい。

...

結局、分かんないままZARA出て入ったスタバでもちゃんと会話は弾んで、めうなごさんは彼氏との約束に遅れるかもって言いながら笑っていた。えーごめん、とか適当に言ったけど、全然お互い気にしてないってそこは多分大丈夫だ。友達との会話が楽しすぎたって理由で待ち合わせに遅れる彼女、可愛いし。

「じゃー、ばいばい」「うん、帰り気をつけて」「そっちもねー」

ばいばいって言ったその瞬間、解放感すごすぎてちょっと吐きそうなぐらい気分がよくて、自分でもそれってダメだろって思う。

めうなごさんの本名は盛本花江っていうらしくて、それはLINEの登録がそうだから多分絶対そうなんだけど、なんか全然しっくりこなくてウケてしまった。TwitterでもLINEでもメウちゃんって呼べるけど、リアルで会うとどうしていいのか分かんない。メウちゃんとか言ったらオフ会するオタクみたいになっちゃわないかなって思ってだから結局「あのさー」とかで終わらせてしまう。

めうなごさんは、みみりんみたいな女友達と会って、喋って、そのときはハナちゃーんとか呼ばれてるんだろうか。ウケる。しまじろうの妹じゃんね。

改札のホームをSuicaで抜ける、チャージの残額は400円。ギリ帰れんつらい。あんまり深く考えたくなくてとりあえずスマホに目をやる。

めうなごさんは遊び終わったあとすぐにLINEで「きょうは楽しかった」とか言ってくる系の女なのかな、それともそういうの鬱陶しいって思うタイプの女なのかな、どっちか微妙、読めんな。漫画で好きなの何かだけ聞いとけばよかったそれで結構判断できるところあったのに。

めうなごさんのこと全然分かんない、多分これからもずっと知らない。

なんでかっていうとそれは、私たちはきっと、ずーっと、誰とでもできそうな会話をして、誰とでも行けそうな場所に行って、誰と遊んでも買っていたであろうピアスを買って、分かるなーって場所にだけ行って、カラオケとか本屋とか映画みたいな性癖が完全にバレちゃうスポットを周到に避けながら遊び続けるだろうから。

お互いを不用意に傷つけないように、なるべく関係が長続きするように、祈るみたいに優しくし合うから。

めうなごさん、どう? きょう楽しかった? また会いたい? その次も? 1年後も? 10年後も? 老人ホーム一緒に住める? 私の葬式来る? てか私が行く?

お願いだから私のことブロックしないでってガチめに思うんだけど、分かんない。楽しかったなとか思うけど、私なんか、やっぱなんか分かんないしな。

まあでもな、とりあえず、Twitterで遊んだ自慢しとくか。分かんない。それでいいかな。いいよね。楽しかったのは事実だし。事実なんだし。

いいよね。