私はカナダで学生をしているのだが、どうしても好きになれないクラスメイトがいる。ビビという名前の女の子だ。
ビビはめちゃくちゃ性格が悪い。人が話す下手なフランス語/英語をあからさまに馬鹿にするし、授業もあんまりやる気がない。その割に、自分が悪口を言われると、めちゃくちゃに泣く。扱いづらい子なのだ。
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再来週から学校が再開されるのだが、今週は、ビビのことをずっと考えていた。
なぜかというと、ビビが、モーリシャス共和国からきた移民だからだ。
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モーリシャス共和国は日本からとても遠い場所にある。
どこかというと、下の地図のピンが留められている場所だ。小さすぎて見えない。東京都とほとんど同じぐらいの大きさだ。
マダガスカルの隣にある島、みたいな紹介ができるかもしれないけれども、そもそもマダガスカルも全然ピンとこない。
あ、絶滅してしまった飛べない鳥のドードーが生息していた場所よ。うーん。
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なんでモーリシャスの話をするかというと、8月6日、モーリシャス島沖で、日本の船が損傷したからだ。
これがきっかけで、船の重油が海に流出してしまい、大変問題になっている。環境に与える影響が大きすぎるのだ。
自然環境が元に戻るのには、何十年もかかる可能性がある、と指摘されているし、モーリシャスの首相は、これを国難である、と宣言している。
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船の持ち主である日本の対応は、英語のメディアを読んでいるとかなり印象が悪い。
船が座礁したのは7月25日だったのだが、船のオーナーは重油の流出が始まるまでの2週間、何もアクションを起こさなかった(悪天候が原因であると説明している)。
流出が始まって以降も、日本政府は3日間アクションを起こしていない。8月9日になってようやく国際緊急援助隊の派遣を決めた。
ちなみに、モーリシャスから救援要請を受けていたフランスは、その前日、8月8日にすでに支援を表明している。
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重油が流出したときの回復作業ってどんなものかイメージしたことがなかったのだけれども、何千人もの島民たちが、手作業で1000トン以上の重油を海からすくいあげる作業を行なっているらしい。
「手作業」っていわれてもあんまりピンとこないけど、この動画は分かりやすい。ほんとに手作業。
当然のことだけれども、モーリシャス共和国は、船の持ち主である日本人に補償を求めている。
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モーリシャス政府だって何も対応をしなかったですよね、とかそういう反論もある。
でも、卑近な例で考えて欲しいんだけれども、隣の家の人が火事を起こして、自分の財産が全部燃えちゃったとき、「消化活動に参加しなかった私が悪いよな」と思う人はいないじゃないですか。
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もしくは、たとえば新潟県の佐渡島に北朝鮮の船がきて座礁したらどう思うか、というのを考えてほしい。
佐渡島の海が全部重油まみれになって、動植物が死に絶え、なんならラムサール条約で保護されてた場所も汚染され、さらにいえば絶滅危惧種の動物もそれによって死ぬ。
(モーリシャスは今こういう状況だ。さらにいえば、東京都ぐらいの大きさの、周りを全て海に囲まれた、観光資源で食っている国で起きている事態である、ということも加味して考えてほしい)
そういう状況で、
「まあでも日本政府も何もしなかったんだから、北朝鮮の船に補償を求めるのはお門違いだよね・・・」とか言う人がいたら見てみたいですね私は。
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このニュースを最初に見たとき私が思ったのは、まあ〜情けないことだけど、ビビに謝ったりするのやだな〜ということだった。
偶然わたしと国籍の同じだった人間が犯した大罪に対して、なんで私が申し訳なく思わないといけないんだよ〜、と思った。
そもそもビビは普段めっちゃくちゃ性格が悪いし、私の英語のできなさを嘲笑ったりしてくる、すげえ嫌なやつなのだ。私はビビが大嫌いなのだ。
なぜ大嫌いなやつに、してもいないことで謝罪をせねばならないのか・・・。なんなら、私のほうがビビに普段の態度を謝ってもらいたい。
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それに、謝ったとして、ビビが私のことを許すかどうかは分からない。多分、ビビの親は経済的にかなりダメージを受けるはずだし、それによってビビはカナダで生活を続けられなくなるかもしれない。一生がめちゃくちゃになってしまう。
そんな状況に対して、私が「ごめんなさい」とか言って、それでどうなる。
許してもらえないのに、プライドを曲げてまで謝るべきなのか? わざわざ不愉快な気持ちになりにいくのか? メリットゼロのわりに、デメリットはめちゃくちゃ多いではないか。
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カナダにくる前、私はこういう、「知らない誰かが犯した罪を私が謝る」という状況に対して、「謝る以外の選択肢ないやろが」というような態度を取っていた。
たとえば私は、日本が先の戦争中に犯した虐殺について、つまり、私たちのおじいちゃん・おばあちゃん世代の人間が犯した罪について、謝罪をし続けるべきだ、と思っている。
私は日本人としてのアイデンティティがとても強いし、真剣に世界平和を願っている。
だから、日本人である誰かの犯した罪については、日本人として謝罪をしたいし、なるべく憎悪の連鎖を食い止められるような行動を取り続けたい。それが私のポリシーだ。
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しかし、実際に、目の前にいるその人、に対して謝らなければいけないとき、私は前述の通り、謝りたくない、と思ってしまった。
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私のこれまでの「謝るべきだ」という言葉は、インターネットの上で表明される論理ゲームみたいなものだったんだな、と思う。
現実の世界で、被害と加害を考えるとき、そこには、その行為に付随する無数のノイズがある。
ビビと私の間にあったのは、ビビがクソ性格悪いというノイズだ。いつも馬鹿にしてくるというノイズだ。私がビビのことを個人的に嫌いである、というノイズだ。さらに、まーぶっちゃけて言えば、私がプライドの高い人間である、というノイズだ。
ビビがもしも、すごくピュアで、汚れを知らない超善人、とかだったら、私もビビに対して心から申し訳ないと思えたのかもしれない。「加害者としての薄汚れた私」を、正当化することが全くできなくなっただろうから。
でも、もしかすると本当は、「謝罪」という行為の難しさというのは、そのノイズを乗り越えて罪を認める、というところにこそあるのではないか。
ノイズがあろうがなかろうが、正当化できる材料があろうがなかろうが、罪は罪なのだ。
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別に、インターネットで論理ゲームをすること自体が悪いことだとは全く思わない。ノイズのない場所で、被害と加害について考えることは、状況を整理するのに大変役立つ。
インターネットで培ったそういう正義感がベースにあるからこそ、私はビビに対して「謝らなきゃ」と思えたのだ。
でも、そういう真空パックな状態の「謝罪」なんてこの世には本当は存在しない。
そういうことを私はちっとも知らなかった。
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昨日、まあそれでも大人だから頑張ろう、と思って、ビビに「本当に申し訳なく思う」とメッセージを送ったところ、ビビは"that's so sweet of you"と返信をしてきた。
すごく気を使わせてしまった、と思った。私なら許さないのに。母国がめちゃくちゃにされて、それを許すなんて絶対に嫌だ。
さらにいえば、この文面を見た瞬間に、私の罪悪感はスッと消えてしまった。これはよくない。ビビが私に対してthat's sweet of youと言ったからといって、モーリシャスの汚染がなかったことになるわけではないのに。
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夏休み明け、彼女とどう付き合っていけばいいものか、私はよく分からない。
私はもっと彼女に対して悪いことをしたと思わないといけない。
でも、じゃあどういう態度を表明すればいいんだろうか。会うたびに謝る? 避ける? 母国の人間が罪を犯しましたとクラスメイトの前で喋る?
どれも違うと思う。何が正解なのか、よく分からない。私ならこれがいい、という「正解」があっても、ビビにとってもそれが正解かどうかは謎だ。
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加害行為をしたと認めることは大変なことだ。認める、というのは、一回限りの動作ではなくて、一生続く「状態」だからだ。
私たちは加害者であることから降りられない。
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終戦を明日にひかえて、私は今年も、被害者であり、なおかつ加害者である、日本人という己のアイデンティティに向き合っている。
悩み続けている。
でも、やっぱり、悩み続けるほかないんじゃなかろうか、とも思うのだ。
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