神様どうか私に何かを

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小説です。

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 何かは分からない。でも確かに私には足りないものがあるみたいで、だから29歳になった私はいつでも死にたい。

 マナミは一重で、私は奥二重だった。美容外科の先生によるとマナミが平行二重になるには2万円が必要で、一方の私は30万円かかる。なぜなら、私のまぶたは筋肉が衰えていて、さらに分厚い脂肪がついているから。死にかけでブクブク太ったアザラシが、目元だけでもRちゃんになりたいと願った迷惑料、28万円。

 私がApple Watchを売って、「働く女性のためのキャリアアップセミナー」の受講をキャンセルして、ようやく平行二重の手術を受けてダウンタイムを乗り越えたとき、マナミは彼氏とレンタカーで日光東照宮に行ったのを嬉々として周囲に報告していた。

 インスタにアップされている写真は加工しすぎだったけど、たしかにマナミだ。イカつい外国人のアイコンが”You’re  so hot”ってマナミのインスタにコメントして、マナミは”Thanks”ってレスする。

 自撮りを投稿しちゃうのは、インターネットに永遠に自分の顔を晒したいと感じてしまうってことで、つまり馬鹿ってことだ。私は慎み深くて正しいから、ストーリーでしか自撮りをアップしない、そのストーリーも場合によっては1時間ぐらいでちゃんと削除する。

 でもイカつい外国人は私にYou’re so hotと言わない。誰も私にそんなこと言わない。この世の誰も。

 

 別に言ってほしいわけじゃないけど。別に、本当に。

 

 私とマナミは同じだった。毒親持ちだったし、HSPだったし、軽いアトピーがあったし、メンヘラだったし、ピルを飲もうとしたけど副作用で諦めてたし、キャバクラも体入の時点で諦めた。同じ大学の同じ学部で、ミスiDにギリ応募しちゃいけないレベルのブスだった。

 

 コロナ禍だっていうのにバカみたいに結婚式を挙げちゃうマナミは平行二重になったのにやっぱりギリギリブスだ。笑うと歯茎が見えて、腕にはアトピーのあとがうっすら見える。

 マッチングアプリで知り合ったらしいマナミの彼氏はちょっとモラハラ発言があるらしいし、長男だし、そこまでイケメンでもない。でも、収入は申し分なくて、有名大卒、さらに理系。それに二人の新居の家賃は15万円以上するらしい、これは私がSuumoで調べただけだから確実なことは分かんないけど。

 付き合って1年しないうちに結婚って大丈夫なの、と私が聞いたとき、マナミは笑顔でこう返した。「彼のおかげで、親から逃げてもいいんだって思えたし、嫌なことは嫌って言っていいとか、私は私のペースでいいとか、そういうことに気付けたから」

 だから何? って言いたいけど、なんとなく分かる。そんなに人生変えてくれる人がいたら、結婚ぐらいできなきゃ嘘だよね。

 

 マナミの存在を受け入れてくれる彼氏、っていうか旦那、のおかげで、マナミは毒親との決別に成功して、忙しいながらも充実した毎日を過ごして、インスタのフォロワーも600人を超えて、なんなら最近は妊活にすら一歩を踏み出そうとしている。

 

 何が違ったのか分からない。マナミと私の何が違ったのか、私に何が足りなかったのか。私には本当に分からない。だけどマナミには「それ」があった。

 今一番何がほしい? って神様が私に聞いてくれたら、私は「それ」がほしい、と答えたい。マナミにあって私にはなかった「それ」がほしい。

 それが何なのかは分からない、前世で積んだ善行なのかもしれない、インターネットに自撮りをあげられる精神力なのかもしれない、マッチングアプリで好きかどうかも分かんない男にLikeを送れる図太さなのかもしれない。見当もつかないけど。

 

 神様、「それ」をください。生きていていいと言ってください。大丈夫だよと言ってください。私はこんなにも生きていて、こんなにも平行二重なのです。だからどうか私に尋ねてください、何がほしい? と。

 

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インターネットの公募サイトに応募しようかなと思って書いたんだけど(テーマは「今一番ほしいもの」)、書き終わってから「創作はダメ」と書いてあることに気付いた(おバカ)。