単なる日記を書きます。
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昨日は、車で1時間ほど運転したところにある、でっかい謎の公園みたいなところに家族で赴く。
ここで突然の、車の運転あるある
・急に風景が田舎になる
・急に風景が駅前になる
以上です。
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でっかい謎の公園は、自転車のレンタルをしており、さらに自転車用のコースみたいなのがあったので、家族3人で自転車に乗る。
息子は「自転車に乗る」という行為がめちゃくちゃ好きなので、3時間ひたすら漕いでいた。
私はウン年ぶりに自転車に乗ったので、ちょっとフラフラした。
坂道をギア入れて立ち漕ぎする感覚は、健康器具の足踏みするやつの感覚とほぼ同じだな・・・と思うなどした。
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そろそろコロナももうみんな、封じ込めは諦めるモードでいくのかな。なんかそんなような空気があるような。
もしコロナと共生するモードになったら、いろんな児童向け施設にノープランで行けるようになるといいなあ。事前予約が結構しんどくて・・・。
我が家だけかもしれないんだけど、子供連れて遊びに行くのって、ノープランのほうがいいな〜と思っていて。
何週間か前に計画して、絶対この日に行く! ってすると、当日の朝息子がものすごい不機嫌になったり、親の足並みが揃わなかったりで、うまくいかないというか・・・。
できたら「息子も早起きした! 親も体力気力問題なし! 今日ならいける!!!」っていう感じで行き当たりばったりで行きたいような気持ちがあるんだよな。
いや、こんなの我が家だけか・・・?
我が家だけかもしれない。世の中の育児漫画とかって大概、綿密な計画とともに旅行とか行ってるもんな・・・。
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全然関係ないんだけど、育児漫画って全部同じこと言ってるよね。
考えてみたら、人類、というか生命って何万年もずっと「赤ちゃん可愛い」「育児つらい」「赤ちゃんかわいいからなんとか持ってる」をやってるわけだもんな、多分な。
人間の赤ちゃんって、人間用に特化した「可愛いの振り切れた形」の最終形態だよなと思う。
だって、生命が何万年もかけた淘汰の結果、「これならお世話を放棄しづらいよな」っていう形態を作ってるわけじゃん。で、私たちもこれを「可愛い」と思うように作られてる。
やっぱウチらからしたら赤ちゃんって可愛いよ。異星人から見たら、毛もないし3次元までしか把握できてないし、グロいかもしれないけど。
で、子猫とか子犬とかも可愛いけど、人間の赤ちゃんは、
・ごく小さいうちでも人間が触っていい(むしろ触ることを推奨される)
・かなり長時間寝ているから観察しやすい
・成熟のスピードが遅い
みたいな特徴があって、なんていうのかな。可愛さを実感しやすいんじゃないかと思うわけ。
まあ、犬猫も可愛いんですが・・・。
で、やっぱそんな生き物と24時間一緒にいたら、みんな感想一緒になるよね。
なんか、初めて女の子と付き合った男子校生が「女の子ってやっぱり柔らかいんだ!! 漫画とかではそうだと聞いていたけど、マジなんだ!!!!」って、誰しもがフレッシュに感動する(のか?)、みたいなのと同じ理屈なのかな。
人生でこんなにも強い感情を覚えたことがないから、つい漫画とかにしてしまう、みたいな。
しかし不思議なのは、そういう、作り手としての感動みたいなものはものすご〜〜くよく理解できるんだけど、
受け手も何故か毎回面白いんだよ。これが不思議なんだ。
みんなのほとばしる「噂には聞いてたけど赤ちゃんって死ぬほど可愛いんですが」的な衝動が、なんでこんなにコンテンツとして面白いんだろう。
あれっ、もしかしてこれって二次創作とか読んでるのと同じ気持ち・・・?
育児漫画はpixiv・・・ってコト?!
無数にあって検索しやすいし、地雷もあんまりないし、なのに手軽に人の「衝動」を摂取できるから面白いのかな・・・。なんかそう考えると、ちょっと汚らわしいな(私が・・・)・・・。
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全然関係ないのだけど、先日、夕ご飯を食べるところを探してGoogleマップを見ていたら、駅前のスナックを地図上で発見した。
レビューが数件ついているようなので見たら「出張で寄りました。場末のスナックです」と書いてある。
出張で来たようなよそ者のおっさんに、我が自治体のことを、場末と言われたくない・・・と、強い憤慨みたいなものを覚えるが、この憤慨の向けどころがよく分からず、このブログで供養。
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あったかくなってきたから、ちょっとずつ花粉でしんどくなってきた。今年こそ舌下免疫療法やるぞ、と思って、花粉シーズンが終わったら綺麗さっぱり花粉のことを忘れるのを、かれこれ10年近く繰り返している。愚か!!!! 今年はもう絶対にやる!!!!(やらない)