足して引いても泣かないで

2023年!

2023って素数か? と思ったけど、17で割れてしまった。

次に西暦が素数になるのは2027年だって。楽しみだね。

まあ年明けらしさは特にないけど、育児について考えていることについて書く。

勝たせるべきか、負けてもいいのか。

足し算できずに泣く息子

最近息子が、己の不出来さに苦しみ泣いている。

まあ一言で言えば「足し算できなくて泣いている」ということなのだけれども。

息子、年末に、私のプレイしていた「やわらかあたま塾」を見学。

(Switch購入時、オンラインストア眺めていたら発見し、小学校のときめっちゃやってたわ〜! と思って懐かしさのあまり購入した)

www.nintendo.co.jp

息子がやりたがっていたのでやらせたらハマり、「足し算」の概念を知る息子。

簡単な足し算ができないと正解できないゲームがあり、正解できないと悔しくてポロポロ泣く。

息子は一人っ子ちゃんなので、あんまり競争したり、勝ったり負けたりすることのない人生を歩ませている。

ので、勝ち負けがハッキリすると、こんなにもショックを受けるんだなあと発見。

幼稚園は競争ばっかりしてる

考えてみたら息子は、幼稚園でそうとう競争社会にさらされ苦しんでいる。

(幼稚園に慣れるまでに半年以上かかった・・・)

運動会でも辛そう、クラスに馴染めなくて辛そう、もう何もかもが辛い息子。

親的にも「もう幼稚園は行かなくていいんじゃないの」という気持ちになってきたあたりで、ようやく「幼稚園楽しかった」というコメントが出てくる日が出てきて、そうか・・・と思いつつ通わせる、というような数年間。

教育機関って基本的に、なんていうのか。

親が子供に与えるような、無条件の愛情を与える場所ではないからな。

「これができる子は良い子」という、親が持っていない価値観を紹介する場所なので・・・。

資本主義に適合しやすくするための場所だから、能力主義になるのは仕方がない。

でもな、能力主義は大変だからなあ。

負けてもいいのか、勝ったほうが気分が良いのか

能力主義はつらいんだけど、人生ってやっぱり、まあ、大なり小なり、勝ち負けがつくタイミングがあるものだよね。

他人と比較してどうこうとかって、多分、どんなふうに生きても、ある程度は逃れられないような気がする。

だからこそ、負けてもいいじゃんよ、と教えるべきか、勝てると気持ちいいよ、と教えるべきか、はたまた全く別の考え方があるのか、どういうふうに伝えてあげれば良いのかなあと思う。

悩むなあ。

無闇に自己肯定感を低めてほしくはないしなあ。

かといって、勝ち続けるために頑張るのも大変だしなあ。

親よりも仲間に認められたい願望

多分、幼稚園がつらそう、だから行かせなくていいです、というのにも限界があるんだ。

息子はきっと、親から「お前はすごいぞ」と言われるよりも、学校で「お前はすごいぞ」と言われたほうが嬉しい、と思える瞬間が、絶対にやってくるはずだから。

自分が子供の頃を考えてもそうだし、というか人間はそういう生き物であろう、と思う。

親に求められているのは、結構繊細な役割だなあと思う。

能力主義って、「できない人を評価しない」「できない人を弾き出す」システムだから、我が子が「弾き出」されてしまう可能性も十分にあるんだよね。

そのときに、子供のための「網」とか「命綱」として機能しないといけない。

でも、いつまでも命綱だけで生きるのは心許ないから、どのようにかして、能力主義に認められるために頑張る方法を教えてあげる、ということなんだけど・・・。

なんだか矛盾してることを同時にしている感じがするんだよな〜。

矛盾する声かけ

なんか育児って、子供への声かけが、ときと場合によって食い違うことがときどきあって、それがちょっと困る。

  • 負けてもいい/勝つために頑張るのも良い
  • 叩いてはいけない/場合によっては抵抗したほうがいい
  • ルールは多くの場合守ったほうがよい/ルールのほうが悪ければルールを無視して良い

みたいな。

まあ、ルールとかについては、今の時点では話しても意味がないだろうな、とも思う。

(もともと人間は、発達の段階によって、ルールに対しての考え方が変化する生き物なので、あんまりルールについてギーギー言っても、息子の脳はまだその段階に達していない という意味)

(今は、ルールを守ることに強い執着を見せる発達段階なので、ルールは守らなくて良いときもある・・・とかそういうことはあんまり伝えていない)

というような感じ

私は正直なところ、足し算なんてできなくてもいいよ、と思っている。

でも、足し算ができなくて泣いたり、運動会でかけっこが遅くて「俺はダメなやつだ」と思って落ち込んでいる息子を見ると、そんなことないよ、と思って、「一緒に足し算特訓しようか」とか「かけっこの練習しようね」と言ってしまう。

それは「足し算をしろ」という意味でも「足は速いほうが良い」というメッセージでもなくて、単に、「そんなに悲しい顔をしないで」ということにすぎないのだけれども・・・。

息子に私の意図を、誤解の少ないように受け取ってもらえたらいいな、と思う。

育児はモヤモヤすることばかり。